desire
5月の第2週の日曜は母の日だ。
立夏はピンクのカーネーションを買ってみた。
あまり母親にはよく思われてはいないことは、よくわかっている。
頭痛がするとか眠れないとか、いつも気分が悪いといっているけれど、花でも見れば少しは気分が紛れるんじゃないだろうか?
それに、きっと『立夏』ならそうするんじゃないかと思ったからだ。


「ただいま」
遅くなって帰宅した清明は自分の部屋のベッドで膝を抱える立夏に言うと、立夏はベッドから降りて抱きついて来る。
帰宅するとじゃれついてくるのは珍しいことではないが、「おかえり」という言葉がない。
何となく、その理由はわかっていた。
部屋に入る前に通りかかったリビングをちらりと見たが、椅子が倒れていたのできっとまた母親が暴れたのだろう。
「何かあった?」
ミミを下げてしまっている弟の頭を撫でて聞いても、何も返事がない。
清明は体を話して床に膝をつくと、立夏の顔を見てみる。
少し頬が赤く張れているようだ。
「また母さんが暴れたんだね」
「っ、……違うんだ」
「なにが?」
立夏の両手を握って優しく問い掛けると、立夏はミミを下げたまま話す。
「今日、母の日だから母さんに花あげたんだけど…。オレ、知らなくて…。『立夏』が母さんの好きな花、毎年あげてたなんて…。だから……」
そう言って立夏は唇をきゅっときつく結ぶ。

『立夏』は毎年、母の日にはカーネーションではなく、母親の好きな花をあげていた。
そんなことは知らなかったから、立夏はカーネーションを母親に渡したのだが、母親から「どうして今年は違うの?」と聞かれて答えられなかった。
両腕をきつく握って体を揺すりながら、母親に「母さんが好きな花、知ってるでしょう?」と問い詰められても、立夏は知らないことで答えようがなかった。
母親はそのことに腹を立てたのか喚きながら立夏を殴り、立夏はじっと耐えるしかなかった。
受け入れられなかったことよりも、花に罪はないのに花を床に投げつけられたことが、立夏は悲しかった。

「知らないことは立夏の罪じゃない。せっかく花をあげたのに、殴るなんて…」
立夏なりに母親に対する気持ちだったろうに。
立夏が記憶を失ったことも立夏の罪ではない。
それなのに母親は立夏を責めるばかりか、子供の気持ちを踏みにじって傷つけた。
「立夏は何も悪くないよ。立夏は立夏なりに、母さんを思ってしたのにね。ひどいことを…」
立夏を抱きしめて背中を擦ってやると、弟はぎゅっと抱きついてくる。
「オレ…何も出来ないから…。だから…」
「いいんだよ。そんなの考えなくても」
涙声で話す立夏の背中をぽんぽんと軽く叩いて清明は慰める。


立夏は以前の自分とは違うことを悪いことだと思い込んでいる。
母親の気に入るようにと振る舞っても、些細な違いを指摘されては暴力をふるわれ、それに耐えている。
母親は元の『立夏』を大好きだから、今の立夏を許せずに違いを責めたてる。
立夏は母親に対して自分だけが自分のことを知らないということを罪だと思い、何もしてあげられない。
自分の子供ではないと言いながらも食事を作ったり洗濯をしてくれる母親に、立夏はせめてもの気持ちで花を贈ったのだということは、清明にも容易に察することが出来た。
そんな謝罪の気持ちをも踏みにじるなんて、親のすることではないだろう。
母親は自ら母親である資格を放棄しているようなものだ。

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