ほんとうのきもち
梅雨時期の日曜のある日。
数日ぶりに気持ちよく晴れた。

今日も母親は気分が優れないらしく、朝から部屋を出て来ない。
母親の代わりに洗濯をする兄の手伝いで、立夏も部屋のシーツを両手に抱え廊下を歩いて洗濯機が置いてある洗面所へ向かう。
途中、母親の部屋のドアの前で立夏は立ち止まった。

こう毎日、天気が悪いと自然と気分もどんよりとしてくるものだが、今日はせっかく晴れたのに。

立夏はドアをノックしようかどうか躊躇い、とんとん、と控えめにノックする。
「母さん…?」
寝ているのか返事がない。
もう一度ノックしようかとした手を、背後からその手をそっと掴まれ、制されて立夏は振り返る。
「放っておいた方がいい。具合が悪いって言ってるんだし」
そう話す清明を立夏はじっと見上げる。

でも……。
せっかく久しぶりに気持ちよく晴れたのに、一日中部屋にいたんじゃ、もっと気分も悪くならないだろうか?
外に出て、陽の光を浴びたら気分転換になると思うのだが…。

それに、一人でいたら寂しいんじゃないだろうか?
家族の声や気配はあるのに放っておかれたら、自分だったら寂しいと立夏は思う。
もしかしたらきっかけがなくて、出にくくなっているのかも知れない。

だけど、清明の言いたいこともわかる。
具合が悪いのだから静かに寝かせてあげた方がいいのだということも。
下手に声をかけることで、かえって気分を害してしまうかも知れないことも……。

背中に置かれた手に、その場を離れるように無言で促され、立夏はドアを気にしながら兄に従った。

洗濯機を回す間に掃除機をかける清明に、立夏も新聞を片付けたりする。
袋に新聞を詰めて立夏はそれを物置に持って行こうとするが、重くて持ち上がらない。
「そこに置いておいて。あとでやるから」
「わかった。他には?何かやることない?」
「いいよ。そこに座ってて」
清明はソファを指差して言う。
「なんか、それって邪魔…ってこと…?」
しゅん、と立夏はミミを下げる。

母親が出来ない代わりに掃除や洗濯をする清明の手伝いをしたい。
この家は自分たちだって使っているのだから、自分たちも片付けるのは当たり前のことだと立夏は思う。
母親の仕事で、母親がやらないから…だけじゃない。
立夏は自分が不器用だということは自覚しているし、手伝うことでかえって清明の仕事を増やしてしまうかも知れないけれど、最初から何もするなと言われると落ち込んでしまう。

「そういう意味じゃないよ」
頭を撫でられて優しい声音で言う兄を見上げると、いつもと変わらない優しい笑みが自分に向けられていて、立夏はほっとする。
「オレ、何か手伝えない?」
「洗濯がもうすぐ終わるから、そうしたら手伝って」
「うん!わかった」
ミミをピーンと立てて、立夏はしっぽをパタパタ振る。

掃除が終わる頃にちょうど洗濯機が止まり、洗い終わった洗濯物を二人で干す。
手伝いをしている最中、立夏は機嫌がよく見える。


清明はもう高校生で立夏より5才も年上なので、まだ小学生の立夏が出来ないことでも、何でも出来る。
人よりちょっと不器用な立夏は、それを差し引いても兄をすごいと思うし、清明は優しくて自慢の兄だ。
いつも庇って優しくしてくれる大好きな兄の手伝いが出来ることが、立夏は嬉しい。

「本当によく晴れたね。『五月晴れ』ってこういう天気を言うんだろうね」
「5月じゃなくても『五月晴れ』って言うの?」
きょとんとして立夏は聞きながら清明に洗濯物を渡す。
それを受け取った清明はシワをきちんと伸ばしながら、答える。
「ものの例えだからね。梅雨の合間の晴れの日や、秋の快晴の日を『五月晴れ』って言うんだよ」
「へぇー。そっか」
ひとつ賢くなった気がして、立夏はしっぽを振る。
「でも飛行機雲が出てるから、明日も雨かな」
「なんで?」
「飛行機雲がきれいに出てると、翌日は天気が崩れるんだよ」
そう説明する清明に、立夏はやっぱり清明は色々と物知りだと感心する。

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