ご主人さまと犬
夕食の後、風呂に入って自室に戻ると立夏は机に向かう。
今日は帰宅が門限間際で、ずっと遊んでいたので宿題をまだやっていない。


生真面目な立夏はこの2年間、宿題を忘れたことは一度もない。
今日の宿題は算数のドリルと漢字の書きとりだ。
1日に2つも宿題を出すなんて、とみんな文句を言っていたけれど、明日は算数の授業はないし、やれないことはない。
前の学校と比べて宿題の量も少ないし授業内容は易しいが、それでも立夏はきちんと予習と復習をするのが習慣だ。

もう、勉強を教えてくれる兄はいないのだから、一人でしっかりやらないといけない。
清明がいた頃は、わからない問題は教えてもらえたし、解けた時などは大きな手で頭を撫でて褒めてもらえたけど。
寂しいとは思うが、勉強は褒めてもらうためにやるわけではない。


カリカリと順調に問題を解いていると、カラカラと窓が開く音がする。
「こんばんは」
「今、宿題中だから。草灯と遊ぶのは後」
「はい」
ベランダからの侵入者にも慣れてしまった立夏は、振り返りもせずに言う。
背後で床に座る気配にかまわず、立夏は宿題に取り組む。

草灯は床に座って机に向かう立夏の背中を眺める。
時々手が止まっては、ミミが寝たりピンと立ったり、しっぽも垂れたまま左右に揺れたり、しっぽをくねらせてみたり。
顔は見えないがミミやしっぽの動きから、難しいのかな?とか、わかったんだな、とか解けたらしいということがわかる。
そんな様子を眺めているだけでも、草灯は飽きない。
立夏の振る舞いのひとつひとつが見ていて楽しい。

でも。

「ねぇ、立夏」
「勉強中。静かにしてろ」
話し掛けるとピシャリと言いつけられる。
小さなご主人さまに草灯は小さく苦笑いする。
サクリファイスである立夏の言葉は、草灯は従わずにいられない強さがある。
でも、やっぱりじっと待つのは退屈だ。

様子を見ているのも飽きないし楽しいけど、やっぱりかまって欲しい。
顔を見たいし声が聞きたい。
だから会いに来たのだ。

椅子から垂れ下がっているしっぽの先をつまむと、ぴくんと反応して少し毛が膨らむ。
(怒ったかな?)
いつもしっぽに触ると怒られるので、見上げてみると宿題に集中しているのか反応はない。
緩く握ったまま撫でると、ぴくっと肩が動いて背筋が伸びた。
悪ノリで草灯はしっぽを噛んでみる。
「ひぁ…っ!」
驚いて悲鳴をあげる立夏のしっぽは普段の倍に膨らんだ。
そしてぐるっと立夏は振り向く。
「草灯ッ!!」
「はい」
草灯はにっこり笑って返事をする。
立夏は何か言おうとして息を吸い込んだだけで一度口を閉じ、息をついて口を開く。
「邪魔すんなって言っただろ!」
「聞いてないよ」
「はぁっ!?」
「勉強してるから、遊ぶのは後でって聞いたけど。邪魔するなとは聞いてない。宿題終わるまで待てとも言われてない」
しれっとそんなことを言う相手に、立夏は眉を寄せて金魚のように口をぱくぱくとさせる。
「そういうのは、屁理屈って言うんだぞっ」
「だって、立夏の顔が見たくて、声が聞きたくて来たのに」
草灯の言い訳に立夏は肩を落としてハァー…と息をつく。

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