回転違いの夏休み
「………」
いつものように小学校へ立夏を迎えに来た草灯は、学校の校門に寄りかかり立夏が出て来るのを待っていた。
が、下校する生徒がほとんどいないばかりか、学校そのものが静かだ。
もしかして今日は何か行事があって、早く下校になったのだろうか?
立夏はあまり自分のことを話さないし、学校の出来事や行事のことも言わない。
立夏に電話を掛けてみるとマナーモードになっているようで、電話に出られないというアナウンスに電話を切るが、すぐに折り返し、立夏から電話がかかってきた。
「もしもし?立夏?」
「なんか用?」

第一声がこれだ。
素っ気無い上に冷たい。
ぶっきらぼうで愛想がないのは、べつに今に始まったことではないけれど、ちょっとあんまりだというか、寂しく思う。

「今どこにいるの?」
「どこって?図書館だけど」
立夏は図書館にいるからすぐに電話に出られず、折り返し電話をかけてくれたらしい。
学校にはすでにいなくて図書館にいると言う立夏に、どうりでいくら待っても出て来ないはずだと思い、草灯は言う。
「今日は学校、早く終わったんだ?」
「…は?」
立夏は何を言っているんだといった様子の声で、草灯はあれ?と思う。

自分が覚えていないだけで、立夏は予定を話していただろうか?
でも立夏の予定はしっかりと覚えているし、忘れるわけがない。
と、すれば立夏が話した気になって忘れているとか?

「おまえこそ今、どこにいんの?まさか学校じゃないだろうな」
「そのまさか、なんですけど」
草灯が答えると受話器から、くくく…と抑えた笑い声が聞こえてくる。
「ちょっと、立夏。笑い事じゃないよ」
状況がよくわからず、しかも電話の向こうで立夏は珍しく声をあげて笑っている。
どういうことなのか説明して欲しい。
「ゴメン、だって…」
なんとか込み上げてくる笑いを堪え、立夏が言う。
「もう夏休みだぞ?」
「……そう、なんだ?」

どうりで下校する生徒がいないはずだと草灯は納得した。
長期休暇なのだから生徒がいなくて当たり前だ。
夏休みというものを、草灯はすっかり忘れていた。

「本当に迎えに行っちゃったのか?バカだなー」
「そう言わないでよ」
「ゴメン。今からそっち行くから。待ってろよ」
携帯を閉じて草灯はその場で立夏が来るのを待つ。

じりじりと焼け付くような暑い真夏の陽射しとセミの声。
そういえば2〜3日前から、どこも日中から人が多かった気がする。
あまり他人の動向を気にするタイプではないので、人が多いことを気にかけていなかったが、夏休みに入っていたからなのだと納得した。

ほどなくして道の向こうから立夏がやって来た。
草灯は校門に寄りかかってしゃがみ、目の前に立ったフード付きの白いノースリーブにロールアップのジーンズ姿の立夏を見上げる。
「休みだって気づかなかったのか?」
「だって門開いてるし」
「ああ、プール開放してるから」
言いながら立夏は校門の方へ視線を向ける。
プールは校舎の影にあるので、ここからは見えない位置にある。
夏休みの間、生徒はプールを自由に使うことが出来る。
それにクラブ活動の生徒もいるので、門が開いているのだ。
「休みだなんて知らなかったよ」
「草灯はまだ夏休みじゃないのか?」

夏休みに入るのは学校によって多少1日や2日の違いはあるけれど、大学も夏休みに入る時期は同じようなものだと立夏は思い込んでいた。
しかし草灯が通っている美大は夏休みはあるようでいて、ないのも同然で補講や課題、合宿等もあるので、長期休暇というわけではない。
そう聞いて立夏も草灯が夏休みだと気付かなかったことを理解した。

「そっか。てっきり草灯も夏休みだと思ってた」
完全に勘違いして思い込んでいた立夏は謝る。
「オレも話してなかったから」
「じゃ、あいこだな。ずっとここにいて暑かっただろ?」
見上げると立夏は真夏の強い陽射しを背にしていて、眩しくて草灯は目を細めた。
まともに太陽の光を見てしまって目の奥が熱くて痛みを感じる。
「暑いのはいいんだけど」
草灯は暑さには強いので特に暑くて辛いとかダルいとか、そういうことはなかったのだが。
「待っても立夏が来ないし、寂しかった…かな」
「なんか、ハチ公みたいだな」
くすくすと立夏は笑いながら、しゃがんでいる草灯に手を差し伸べる。
「行こ?」
立夏の手の平に手を置くと、腕をぐいっと引っ張って立たせてくれる。

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