Secret Message
しとしとと静かに降る雨を、立夏は窓からじっと眺める。
季節は梅雨――。

自分の吐息で曇った窓ガラスに立夏は人差し指で文字を書く。
「退屈そうだね」
草灯が声をかけると立夏はぴくっとミミを震わせ、窓に書いたものを手の平で消して振り返る。
「こう毎日雨だとさすがにな」
「雨、嫌い?」
「嫌いじゃないけど…。外で遊べないし」
立夏は肩をすくめる。

立夏は読書も好きで家や図書館にもよく行く。
でも散歩も好きだ。
このところ毎日雨で外で遊べないとさすがにつまらない。
学校も体育の授業は体育館の中ばかりで、昼休みも中庭や校庭に出ることも出来ない。
体力を持て余している感じがする。

立夏がそう話すと草灯はなるほど、と頷く。
「オレもこの時期は困るな」
「なんで?」
椅子に座る草灯に近寄って、立夏も椅子に座る。
「湿気がすごいでしょ。絵を描くのに絵の具が滲んだりしちゃうから」

絵を描く者にとっては紙が湿気を吸ってしまうので、梅雨時期は厄介なのだ。
もちろん、湿気がひどいから描けない、なんて言っていられない。
その対策も勉強してはいるのだが。

「オレ、絵のことはよくわかんないけど、大変なんだな」
草灯が描いている絵は遊びやらくがきではなく、勉強だから。よくわからないけれど、きっと苦労もあるのだろうと立夏は思う。
「日本独特の風物詩でもあるし雰囲気は好きだけど。立夏と二人でいる分には雨は好きだな」
テーブルに頬杖をついて笑みを浮かべる草灯に、立夏は視線を泳がせてミミをピクピクと動かす。
「困るって言えば、雨の日はちょっと髪が膨らむかも?草灯も髪、くるくるしてるよな」
言いながら立夏は手を伸ばして草灯の毛先を指に絡める。
「ちょっとクセ毛だからね。湿気が多いとクセが強くなるかも」
「そうなんだ?」
「普段からまっすぐなストレートじゃないし」
そう言われればそうかも、と立夏は思う。

頭の形に添うようにして肩に流れる毛先はゆるく弧を描いている草灯の髪は、柔らかくて細い。
色素が薄いのでとても軽く見える。
手触りが好きだなと思う。

「立夏の髪も柔らかいよ。サラサラしてて手触りがいいし、つい触りたくなる」
「そう?(かな…)頭撫でられたり、とか…嫌いじゃないけど…」
言いながら立夏は少し頬を染めて、視線を落とす。

どっちかと言えば、頭を撫でられたりするのは好きだ。
猫耳の、耳と耳の間、頭のてっぺんを大きな手で撫でられるのが好きだ。
素直にそうと言えずに「嫌いじゃない」という言い回しをしてしまうのは、草灯に対しての立夏のクセのようなものになっている。

「そういえば、さっき窓に何書いてたの?」
草灯が聞くと立夏はぴくっとしっぽの先を反応させる。
「なんでもない」と答える立夏に、草灯は無言で立ち上がり見に行こうとすると、手をつかまれる。
「なんでもないって!見に行くほどのもんじゃないから!」
妙に焦っているような。慌てているような。ムキになっている立夏を草灯はじーっと見つめる。
「気になるんだけど」
「消しちゃったし、見えないよ」
そう話す立夏は何故か、頬を赤くしてミミを寝かせている。

そんな風にされると余計気になるというものだ。
一体、何を書いたのだろう?

曇った窓ガラスに書いたものは、再び曇らせると浮かびあがるのだと立夏は知らないのだろうか?
後でこっそり確認しようと草灯は思う。

立夏を門限に間に合うように送り届けてから帰宅した草灯は、立夏が何か書いていた窓に息をかけてみると、うっすらと線が浮かび上がる。
もう一度同じく、さっきよりは強めに息を吐き出してみると、はっきりとそれは浮かびあがった。
「………」
窓に書かれたそれに草灯は目を瞠り、そしてふっと笑みを浮かべる。

浮かび上がったものは幼い恋人からの秘密のメッセージ。

携帯が流れる音楽と赤い点滅で、草灯からのメールを知らせる。
立夏は携帯を開いてメールを見てみて、最初は意味がわからなかった。
草灯からのメールには『ありがとう 好きだよ』としか書かれていない。
またいきなり何なんだ?と思ったが、立夏ははっとする。

もしかして、窓に書いたものを草灯は見たのだろうか?
でも見たのか?なんて聞けない。

だけど見たのなら…。
「ありがとう」なんてメールをよこしたのなら、わかったということなのだろう。
立夏は知らないフリをしておくことにした。

〜END〜

立夏が何を書いたのかは、ご想像にお任せします♪
加筆しましたー
初出:web拍手 2006.6.28
再録:2006.7.2 UP

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