0928
立夏の家を出てから草灯は今度は別な場所へ向かう。
大学近くに出来た昼はレストラン、夜は居酒屋になる店へ行く。
キオは先に着いていて一人でビールを飲んでいた。
草灯もビールを注文して、食事をかねたつまみの料理を注文する。

誕生日ということで軽く乾杯してから、キオは草灯にプレゼントを渡す。
それはプレゼントにしては、包みにはリボンもなにもかけられておらず、草灯もよく知っている画材店の袋だった。
開けてみると絵筆が入っていた。
「こないだ貸した時、よかったって言ってたろ」
絵筆はアトリエに置いてあるものが沢山あるが、何しろ学生がみんなで使い回すため、筆先が悪くなっているものも多く、学生は自分で使い勝手のいい筆を各自持っている。
しかし人の筆を借りておいて、備品に入れてしまって行方不明、なんてこともしょっちゅうだ。
絵の具が乾くのを待っている間にその場を離れると、勝手に他人の筆を借りて行く人間も中にはいて、ルーズな人だとそのまま借りたことを忘れて、備品へ戻してしまったりする人間もいる。
持ち物に名前を書くなんて幼稚園児か小学生みたいだが、そうしておかないと紛失も多く、いつの間にか学校の備品に寄付されてしまうことも珍しくはない。
学校の備品を私物にしてしまう者もいるので、元の持ち主のところへ戻って来ることもない。
たまたま、キオが持っている筆を借りたところ、使いやすかったのと同じ筆だ。
たかが絵筆と言っても、草灯やキオたちが使っている画材はそれなりの値段がする。
職人が作った天然の動物の毛を使った絵筆などは、1本で数千円するものもあるくらいだ。
いい筆を使えばいい絵が描ける、というものではないが、いい道具はやっぱり使い心地がいいのは確かである。
「ありがたく使わせていただきます」
「失くさないように気をつけとけよ。もうキオさんなんか、全部に名前書いてあるもんね。草ちゃんてそのへん無頓着だから」
「気をつけます」

「そんで?お子様から何もらったわけ」
「これ」
草灯は髪をかき上げて耳を見せる。
今朝、学校で見たのとは違うピアスが耳に光っている。
紫色の羽根の蝶のピアスだ。
「へー、ピアス?」
子供からのプレゼントというものに、正直どんなものかとキオも興味があった。
草灯が立夏から誕生日にプレゼントを貰うのだと聞いた時、小学生のプレゼントだから、そんなにお金がかからないものだろうなと思っていたが、予想外にちゃんとしたものだ。
「ガキのプレゼントにしては金かかってんじゃないの、それ?」
自分たちから見ればそうでもないかも知れないけど、小学生の小遣いなどたかが知れている。子供にしてみれば1000円だって高いくらいだろう。
そう考えれば草灯が貰ったというピアスは、高価というほどではないだろうが、それなりの値段がしそうなものだ。
「プレゼントは値段じゃないって言っても、やっぱりムリさせたね、これは」
通しの小鉢をつまみながら草灯は言う。

「値段云々は置いといて、草ちゃんて蝶嫌いだって言ってたよね」
つまみの枝豆を食べながらキオは言う。

いつも身につけているし絵にも蝶が必ずといっていい程描かれているし、よほど好きなのかと思えば、草灯から返ってきた答えは意外にも「大嫌い」。
しかもその理由は「簡単に捕まるところ」「毛虫なら誰も捕まえない」「胴体をピンで刺されてるのがイヤ」という、非常に病んでいるようなものだった。

Next≫
≪季節行事menu
小説トップ
HOME
無料ホームページ掲示板