ずっといっしょに…
7月7日、七夕。
一週間前から学校ではクラスごとに願い事を書いた短冊を吊るし、飾りつけた笹が置かれている。
この日、国語の授業は教科書ではなく、七夕の話を先生は聞かせてくれた。
織女と牽牛は年に一度だけ、7月7日、晴れれば天の川を渡り、二人は会うのだという。
しかし、元はといえば二人の仲が良すぎて仕事を怠り、その罰として二人は離れ離れにさせられ、年に一度しか会うことが出来なくなった。
七夕に願い事をするのは、本当はこの日に女性が字や習い事などの上達を願えば、上手になると言われているからだ。
昔は文字を読み書き出来る女性は少なく、裁縫や織物が上手な女性がいいお嫁さんになる、と言われていただそうだ。

放課後、立夏は願い事が書かれた短冊を見る。
非現実的なのか現実的なのかわからない内容から、非現実的なものもあるし、堅実な将来が書かれたものまで様々だ。
警察官や弁護士になりたい、と書かれている短冊に、立夏は僅かに眉を寄せる。

警察や弁護士は必ずしも正義とは限らない。
警察は清明を殺した犯人を未だに捕まえるどころか、見つけることすら出来ていない。
もし、捕まっても犯人を弁護する弁護士なんていらない。
そう思う自分自身、清明が殺された理由や犯人を探すのは正義ではない。
清明を殺した犯人を見つけ出すことは、ただの私怨による復讐心だ。

立夏も願い事を書いたけれど、無難に健康のことを書いた。
本当の願いごとなんて誰にも言えやしない。
本当の願いはどれも叶うことはないだろう。

ひとつは清明にもう一度会いたい──兄の優しさに触れたい。
それが叶わないから、犯人を、殺された理由を探している。

母親に今の自分でいることを認められたい。愛されたい……。
不可能だから、「立夏」のふりをしている。

これは唯一、可能かも知れないけれど、一日も早く元の「立夏」に戻ることをずっと願ってきた。

でも今は……一日でも長く、今の自分でいることを本当は願っている。
遠く離れ離れになっても、年に一度だけでも会えるならいい。
7月7日に雨が降ると逢瀬は叶わないという。
だけど、たとえ年に一度の日が雨でその年は会えなかったとしても、それでも生きてさえいれば、会うことは出来る。
相手が永遠に失われてしまっては、話すことも触れることも、二度と会うことが叶わない。

清明を失って一日も早く、元の「立夏」に戻るように願っていた。
清明がいない世界は退屈で、つまらなくて、辛いだけで楽しいことなんかないと思っていた。
だけど今はそうでもない。
清明がいないけれど今は清明がいた頃にはいなかった友達や、大切な人たちがいる。
もう少しだけ、今の自分のままでいたいと思うようになった。

生きていれば会える。
でも、会えない苦しみや寂しさはわかる。知っている。
だから…この雨が止んで、逢えたらいいのにと思う。
「あ……」
昨夜から降り続けていた小雨が止み、空が明るくなった。
空には虹がかかって立夏は思わず窓に両手を置いて虹を眺める。
雨が止んで空には虹の橋がかかった。
そう思うと立夏の表情が柔らかく優しく変わる。
そして雨上がりできらきらする木の葉や虹がきれいで、デジカメを取り出そうとして、バッグの中の携帯が目に入った。

逢えたら…生きていたら……。

そう考えて立夏は携帯を開く。
登録の1番を呼び出して画面に出た名前に一瞬躊躇ったが、通話ボタンを押す。
数回のコールの後、電話が繋がった。
「立夏?」
携帯から聞こえた草灯の呼び声に心臓が飛び跳ねる。
自分から電話をしておいて、声を聞いてからまさか出るとは思わず、どうしようと焦る。
このままだと無言電話になってしまう。
「あ、雨…止んだな(何言ってんだ、オレ?落ち着けっ)」
「そうだね」
思わず何か他に言うことがないのかと思う。
(っていうか、オレか…)
唐突に言えば相手が他に答えようはない。

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