ねがい
「好きだよ」
抱き締めると腕の中の細い体は逃げようとはしないけれど、ぼそりと一言「オレは好きじゃない」と言う。

ひやりと頬に感じた冷たい感触に草灯は目を開ける。
「寝かしてやりたいけど、時間ねぇぞ」
差し出された冷たいミネラル・ウォーターのボトルを受け取り、眼鏡を指で押し上げる。
「あぁ…せっかく立夏の夢見てたのに」
床に座ったままペットボトルのキャップを開けながら草灯は未練たらしく呟く。
「すいませんネ、いい夢みてるトコ起こしたのがオレで」
座り直して水を飲む草灯にキオはイヤミを言う。
立夏の夢だったのは本当だが、いい夢と言えるかどうかは微妙なところだ。
立夏の夢だというのはいい夢のうちに入るとしても、フラレたのだから。しかし、「夢でよかった」というオチにならないのは、現実をそのまま反映したような内容だから。
(笑えないな)
夢の中でも同じことを言うなんて。
夢なんだから、もう少しいい返事を聞かせてくれてもいいのに。

「いや、起こしてくれてありがとう」
「もう少しだから頑張ろうぜ」
そう言ってキオは立ち上がって伸びをすると、アトリエに戻って行く。

夢ならもう少し…そう思ったけれど、違うなと思い直す。
夢の中でも立夏は立夏だ。

(会いたいな…)
本当の立夏は今、何をしてるだろう?
何を思ってるだろう?
少しは会いたいと思ってくれているだろうか?
でもきっと、会えなくて寂しかった?と聞いたら、寂しくなんかないと言ってしっぽを膨らませるんだろうな。

やわらかい唇や頬。
さらさらした黒髪、良質なベルベットのような獣の耳。
夢の中でも感触はすべてリアルに思い出せても、暖かい体温を感じることはない。
本物に触れて声を聞きたい。
夢じゃなく現実がいい。
今日も会えないから。夢ばかり見てる。
こんなに会いたくて、触れたいから。
きっと声を聞いたら我慢出来なくなりそうだ。
一緒にいない時の方が、強く強く、思い出す。
いないこと、会えない寂しさに耐えられないのは、自分の方。
こんなにも好きになって切なくてもどかしい気持ちを知ったのは初めてだ。

だから。
夢だけじゃだめだ。
どんなに冷たい、つれない言葉でも本物の現実がいい。

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