彷徨う思い
遅く帰宅した兄に立夏は抱きつくと嬉しそうな顔をして、しっぽを振る。
「おかえり!清明」
「ただいま、立夏」
立夏は帰宅すると猫のように擦り寄って出迎えてくれる。
そんなかわいい5才下の弟に清明も微笑む。
仲のいい兄弟はほぼ毎日、そうしている。
が、ふと立夏は兄の服に顔を近づけ、くんくん匂いを嗅ぎだす。
「立夏?何してるの」
「ん…なんか、ヤな臭いがする…これ、タバコ…?」
訝る弟の頭を清明は苦笑する。
「禁煙席が空いてなくて、喫煙席だったから臭いがついちゃったのかな。立夏がイヤなら今すぐにお風呂に入って来るよ」
上着を脱ぎながら清明が言うと、立夏は「そっか」と答える。


「草灯、オレがいる時にタバコ吸うのは禁止だよ」
ゲームをしながら清明はテレビ画面越しに映る、背後にいる人物を見て言う。
「タバコ、吸ってなかった?」
火をつける直前だったタバコをケースに戻しながら、草灯は言う。
清明は以前はたまにだが、タバコを吸っていた。
制服姿だから制服にタバコの臭いがつくのがイヤなのかと思ったが、制服姿でも煙草を吸っていたこともある。
「やめたんだよ。立夏に聞かれてね」
急にこんなことを言うのが草灯は不思議に思ったが、清明が口にした名前が喫煙をやめた理由らしい。


『立夏』というのは清明の弟なのだという。
草灯は会ったこともない。
清明の家族構成や学校、住所は知っていても家族に会ったことも家を訪ねたこともない。
清明はあまり自分のことは話さないし、草灯も聞くことはない。
何故なら「必要ではない」からだ。
学校や住所を知っているのは、必要な時もあるかも知れないからだ。

必要か必要ではないか、その判断は清明がすることで、草灯から何かを教えてくれと頼むことはない。
戦闘機にとってサクリファイスは主。
主人である清明が考えた結果だけを与えられれば、草灯は考える必要もないのだ。
疑問に感じることはあっても、それを問う権利も草灯にはない。
心を、魂を、意志を持つのは清明だけだから。


「今時、高校生で喫煙するのは珍しくないのに」
禁止されたタバコを草灯はケースに戻しながら言う。
制服姿で堂々と喫煙している学生だっているくらいだ。
やはり学校や両親にバレると面倒なのだろうか?
「僕は学校や家じゃ優等生だと思われてる。一点の曇りもない模範的な学生だってみんな思ってる」
清明は振り向きもせずコントローラを握り、画面上のキャラクターを操作しながら答える。
彼が自分のことを話すことは少ないが、行儀がよくて育ちがいいのかも知れないと草灯も思っていたので、清明の話はそうなんだろうなと思った。
「タバコを吸っていた僕も、みんなが優等生だと思う僕も、本当の僕であることに変わりはない。事実なんだから。勝手なイメージで落胆されたり減滅されようと、知ったことじゃない。イメージの違いは僕の責任ではないからね。
だけど、立夏はまだ小さいし僕を尊敬して慕ってくれてる」
「………」


時々、清明は『立夏』のことを話す。
他人が思うイメージが実際とは違っても、自分に責任はなく、勝手なイメージを持って人物像を決めつけていた方が悪いと清明は言う。
草灯もそのとおりだと思う。
思っていたのと違って落胆しようが減滅されようが、本人が悪いわけじゃない。
でも、『立夏』には違うようだ。


「立夏はタバコが嫌いだからイヤがる。それにまだ小学生の立夏には体に良くないし。僕が健康を害してもそれは喫煙している僕の責任だからいいけど、僕のせいで立夏が病気になったらかわいそうだからね」
「弟のことは好きなんだ」
草灯が言うと清明はにっこりと笑みを浮かべ、振り向く。
「そうだよ。立夏はたった一人の、僕の弟だからね」

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