愛のprisoner
滅多に雪など降らない東京では、この日は珍しく雪が降った。
早朝から降り始めた雪は通勤や通学の交通網に影響を及ぼしている。
一人暮らしの倭はテレビニュースの駅の混雑風景を、コーヒーを飲みながらぼーっと眺める。

大都市とかいって雪ごときでコレじゃあ軟弱だと思いながら、倭は学校をサボる。
今からでものんびり支度をして行っても、学校には間に合いそうではある。
遅刻の理由は天気なので遅刻扱いにはならないだろうが、ニュースを見ているうちに、制服を来て学校に行くということがダルくなってしまった。


渚先生が創り出した『ゼロ』シリーズの試作品だった倭には、バグが多く昔から些細なことで体調を崩しがちだった。
ただ、骨格や内蔵、皮膚の痛みを感じない彼女にとって、これまで体調不良は動けなくなることでしか自覚はなかった。

『ゼロ』のつがいだった江夜は養父母がいて、小学生の頃からいい学校に通わせてもらい、優等生としてお嬢様育ちだが、倭は身体の問題もあったので高校に入るまでは研究所で育った。
そうして離れ離れで育ち、待遇の差を倭は仕方ないと割り切っていた。

渚先生は戦闘機が好きで江夜をかわいがっていたし、自分は渚先生の研究の不備を持つ。
バグを持つ倭はプライドが高い渚先生にとっては、彼女のプログラムの汚点なのだろうから。

そんなことより、江夜のモノになることが嬉しくて、江夜さえいれば、繋がっていれば何の不安も不満もなかった。
渚先生に冷たくされていようと、何もかもどうでもよかった。
江夜さえいれば。


『ゼロ』の名を失う不安と痛みを知った倭は、痛覚を徐々に取り戻しつつあり、様々な変化も沢山あるが、変わらないものも手に入れた。


一人暮らしの倭の小さなアパートを訪ねてくる者は多くはない。
ましてや午前9時という時間に来る客など、心あたりはそうそうない。
ブザーが壊れた玄関のドアをノックされて倭はドアを開く。
「倭、大丈夫?」
彼女の片割れである江夜がいきなりそんなことを言い、倭はきょとんと目を丸くした。
「江夜、学校は?」
「この雪で駅はゴチャゴチャだし。いつ電車に乗れるかわかんないし。
それに倭が心配だったから」
江夜のセリフに倭は一瞬真顔になり、ぷっと吹き出して彼女を部屋へ招き入れる。
「あたしより江夜の方がヤバいんだよ?
寒さも感じない、痛みもないってことは病気になっても自分じゃ気付けないんだから」
温度も痛みも感じない江夜がやけどしないよう、倭は温度に気を使って江夜にあたたかい紅茶を入れる。
『ゼロ』の名が消えて感覚を徐々に取り戻している倭は、制服姿の江夜に膝掛けも貸してやる。
冬の寒さも雪の冷たさも、紅茶のあたたかさも江夜は知らないのだ。
「心配なのは、江夜の方」
倭が言うと江夜は顔を少し強張らせ、カップを小さなテーブルに置いた。
その手は少し震えている。
(アレ?ヤバいこと言ったかナ)
「そうだね…。あたしは痛みを感じない。生きてる感覚がないから…」

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