Hands
「立夏」
夜8時過ぎ、家を出たところで呼び止められた。
声を掛けて来たのは長身の『奉仕者』だ。
どうやら、ちょうど来たところだったらしい。
「どこ行くの?」
「コンビニ」
「買い物?」
草灯の質問に頷いて「一緒に行くか?」と立夏が言うと、草灯は「うん」と答えた。

「髪、濡れてる?」
夜道を近所のコンビニまで散歩がてら、話しながら二人は歩く。
いつもサラサラしている立夏の柔らかい黒髪が濡れていることに気付いて、草灯が言う。
「風呂に入っててさ、頭洗おうとしたらシャンプーきれちゃって。だから」
シャンプーを買いにコンビニに行くところだと立夏は言う。
「電話すればいいのに」
「は?」
何の話かわかりかねて、立夏は隣を歩く草灯を見上げる。
「メンドーでしょ。言ってくれれば買って来てあげるのに」
「………。いいよ、そんなの」
ヘンなやつ、と思いながら立夏は眉を寄せて言う。
立夏は生真面目だということは、草灯は知っている。
風呂から一度上がって服を着なおして、わざわざコンビニにシャンプーを買いに行くところも実に立夏らしいと思う。
「立夏らしいね」
「そうか…?」
「立夏が面倒くさがりだったらよかったのにな」
「なんで?」
「だって、面倒くさがりだったら、そのくらいのこと言いそうでしょ」
よくわからない、といった表情で立夏は再び草灯を見上げる。
「立夏の言うことなら、なんだってするのに。
今度から、何かあったら言ってよ」
当たり前のように言う草灯に立夏はふいっと進行方向へ視線を戻す。
要するに、そんな些細なことでも命令すればいいと言いたいのだろう。
「いいよ、べつに(言わねぇよ)」
「どうして?」
今度は草灯が不思議そうな顔をして立夏に聞く。
「どうしてって…。そういう、使いっぱしりみたいなことしねぇよ」
草灯は戦闘機だから、いつもこうだ。
何かといえば「命令」を欲しがる。
好きに使えばいいと言う。
立夏もだんだんとわかってはきている。
本当に必要な時であれば命令する。
でも、たかがシャンプーを買いに行くことくらい、自分で出来ることだ。
そんなことで命令なんかする方がおかしい。

「べつにいいのにな。立夏が言うことならどんなことでも」
「たかがシャンプー買いに行くくらい自分で出来るし、自分で出来ることは頼まない。それとこれとは違うだろ」
「同じだよ」
つい、さっきまでの声のトーンとは違う、少し低い声で言う草灯に立夏は「え?」と小さく聞き返す。
「同じだよ。どんな些細な、小さなことでも命令は命令。そのくらいのことも言わないなら、いつになったらオレを使ってくれるの?」
「………」
草灯の表情は冗談を言っている顔ではなく、真面目だ。

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