おあずけ
「紅葉見に行かない?」
そう誘って来たのは草灯だった。
「紅葉にはまだ早いんじゃないか?」
「山の方はもう紅葉が始まってるみたいだよ。ドライブがてらもみじ狩りに行こう」
「もみじ狩り…」
「鮮やかな赤の紅葉を描きたくて。写真いっぱい撮れるよ。記念に落ち葉拾って来ようよ」
草灯の誘いに立夏は心を動かされた。
写真を撮るばかりが思い出作りではない。
「花もそうだけど紅葉はその時にしか見れないものだし、きっとすごくきれいだよ」
行く途中で果実農園で梨やぶどう狩りも出来るし、どうせなら温泉で一泊しようか、なんていう誘いより「立夏と見たいな」という言葉が嬉しくて、立夏はミミをぴーんと立てて二つ返事でOKした。

草灯との約束の前の晩、立夏が夕食を食べて部屋に戻った時に机の上の携帯電話が鳴った。
その時は楽しみにしていたから着信の相手の名前を見て、草灯からの電話も嬉しかった。
だけどその電話は立夏が期待していた内容ではなく、裏切るものだった。
携帯電話から聞こえたのは「ごめんね」という詫び。
一瞬で立夏の気分は一転し、言葉を失う。
「明日、行けなくなっちゃったんだ。ごめんね」
草灯の声は淡々としていて、立夏は言葉が出なかった。
「…立夏?聞いてる?」
「……聞いてる…」
掠れた声で立夏は呟くように返事をした。
聞きたくなくて電話を切りたくなった。


なんで?
急用って何?
約束したのに…今日になってどうして…。
聞きたいのに声にはならない。
それはオレとの約束よりも大事で、優先しなきゃなんないことなの?


「怒ってる…?」
「……絶対に、ムリ?」
「…もっと早く、断ってたらよかったな。ギリギリになってごめんね…」

学生展に出展するために作成している絵が、明日の夜までに仕上げないと間に合わないらしい。
今夜は徹夜で、明日の約束の時間には間に合わないかも知れないと草灯は言う。
楽しみにしていたのに。間に合わないかも知れないなんて、わかってたことを今日になって言うなんて。
裏切られた気分で立夏は泣きたい気分に陥る。

きゅっと携帯を握り、立夏は言う。
「どうしても…ダメ?」
草灯からの返事はすぐには返って来ず、立夏は続ける。
「どうしても、行きたいんだ。絶対にダメ?」
「来週行こうよ。ね?」
ワガママを言っていることはわかっている。

だけど──。

来週、今の自分はいるのかわからない。
消えてしまうかも知れない。
だから…どうしても今じゃなきゃ嫌だ。
ワガママを言って無理に約束させて明日をも知れない可能性もある。

だけど、こんな悲しい気分のまま消えたくない。

「明日がいい…どうしても明日じゃなきゃやだ」
「………」

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